宝石の立ち位置
私は、宝石を「願いを叶えるもの」として扱っていません。
人生の局面において、宝石は 選択装置 だと考えているのです。
ここで言う選択とは、何かを足すことではない。
むしろ多くの場合、何かを終わらせること、
あるいは、もう戻らないと決めることだと思うのです。

人生には、
誰にでも節目がある。
進むか、留まるか。
続けるか、やめるか。
守るか、手放すか。
その場面で、人は驚くほど同じ場所を回り続ける。
分かっているのに変えられない。
変えたいのに決めきれない。

だからこそ、選択には「装置」が必要になる。
宝石は、何かを起こす魔法ではない。
誰かを救う力でもない。
何万年ものあいだ、
ただ在り続けてきた存在だ。
「ただそのものである」という究極の存在として
そこに在り続けたもの。

その静けさの前に立ったとき、
自分は何を選ぶのか。
何を選ばないのか。
それを、自分自身に問い返すための
装置として宝石を用いているのです。
ただし、覚悟や決意が曖昧なままでは、
宝石は何も起こさない。
石が人生を変えるのではない。
変えると決めた人だけが、石を使うことができるのです。
魔法使いは、石ではない。
選択を引き受ける人自身だということを自覚すると
驚くほど何かが動き出す。
このブログには、私が引き受けた選択と、
その結果だけを記していこうと思います。
人生の岐路に立ったとき、
静かに自分の決断を確認する場所として、
このブログにこの記事を置いておきたいと思います。