宇宙を、身体の上に置く
前回、古代エジプトのティエトという護符を調べて、「石を身につける」という行為について考えました。
石に意味を与えるだけではなく、その石を身体のどこに置くのか。
ティエトの場合、『死者の書』には、護符を死者の首に置くことまで記されていました。
そこで私は、次のことが気になりました。
昔の人は、身体の上にいったい何を置こうとしてきたのでしょうか?
守り?
神とのつながり?
身分?
祈り・・・
それを追いかけていくと、インドには実に面白い宝石文化があります。
ナヴァラトナ(Navaratna)。
nava + ratna = navaratna
「九つの宝」→「九宝」「九つの宝石」
九つの石が、九つの天体になる
インドでは古くから、宝石と天体との間に対応関係が考えられてきました。
ナヴァラトナでは、九つの宝石が、それぞれナヴァグラハと呼ばれる九つの天体的存在に対応します。
そして興味深いことに、それらを一つの装身具の中に集めます。
ナヴァグラハを構成するのは、太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星、そしてラーフとケートゥ。
それぞれに、ルビー、真珠、赤珊瑚、エメラルド、イエローサファイア、ダイヤモンド、ブルーサファイア、ヘソナイト・ガーネット、クリソベリル・キャッツアイが対応します。
面白いのは、ラーフとケートゥです。これは実際の惑星ではなく、太陽と月の運行に関係する二つの交点。それさえも含めて、九つの存在と九つの宝石を対応させているのです。
つまりこれは、単に、
「縁起のいい石を九個集めました」
という誕生石的なジュエリーではないのです。
異なる天体に対応する石を、一つの小さな装身具の中に集めている。
メトロポリタン美術館は、九つの宝石を一つの装身具に置くことで、身につける人は「完全な宇宙的調和」をその身体の上に保持すると説明しています。
これを読んだとき、私は第2話のティエトとは、また違う意味で驚きました。
宇宙は、大きすぎる
太陽がある。
月がある。
惑星が動いている。
人間にはどうすることもできない、そして計り知れないほどの大きな世界があります。
けれど、昔の人はその巨大な宇宙と宝石を対応させたのですね。
太陽はルビーになる。
月は真珠になる。
そして、それらを組み合わせれば、巨大な宇宙の構造を、人間の身体に載せられるほど小さくすることができる。
もちろん、本当に宇宙そのものを縮小したわけではありません。
でも象徴というものには、こういう働きがあるのかもしれません。
目には見えないもの。
大きすぎて手に取れないもの。
人間には制御できないもの。
それを、手に取れる物質に置き換える。
そして身体に置く。
宝石は、そのために非常に適した物質だったのではないでしょうか。
そしてここでは宝石という小さな物質には、人間を超えた大きな世界を、人間の手の中に引き寄せる役割を与えられたのではないでしょうか。
実際に「身につけて」いた
これは文献の中だけの話ではありません。
メトロポリタン美術館(以下Met)には、19世紀の北インドで作られたナヴァラトナのブレスレットが所蔵されています。

ナヴァラトナ(九宝)ブレスレット
北インド、19世紀。金、エナメル、各種宝石を用いた装身具。
所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)/Public Domain
金とエナメルで作られ、複数の宝石が配置された、実際に身体につけるための装身具です。
Metによれば、インドを中心とする南アジアでは宝石と占星術的な対応には長い歴史があり、ナヴァラトナでは特定の宝石が九つの「惑星」に対応しています。(なお、この所蔵品は伝統的な九石構成の変形で、実際には十石が使われています。)
宇宙について考えるだけではない。
宇宙を描くだけでもない。
それを、身につけるという意図で作られている。
第2話のティエトでは、石に託された「守り」が身体の上に置かれていました。
ナヴァラトナでは、そのスケールがさらに大きくなる。
身体の上に、宇宙の秩序を置く。
当時の人々はそこまでのものを、宝石に託していたのです。
なぜ、それが宝石だったのだろう
ここまで調べてくると、私にはまた別の疑問が生まれます。
なぜ人間は、宇宙を身体の上に置こうとしたのでしょう。
そしてもう一つ。
なぜ、そのために宝石を使ったのでしょう。
紙でもいい。
木でもいい。
金属だけでもいい。
それでも、さまざまな文化の中で、人間は石の色や光、硬さ、希少性に何かを見つけ、そこに人間を超えたものを重ねてきました。
第1話では、遠い世界から石がやってきました。
第2話では、その石が身体の上に置かれました。
そして第3話では、その小さな石の上に、宇宙までが載ってしまった。
宝石という物質は、どうやら私が思っていた以上に、「人間より大きなもの」と「人間の身体」の間に置かれてきたものなのかもしれません。
では次に、人間は宝石に「宇宙」ではなく、人間自身の理想を映すこともあったのでしょうか。
そんなお話をご紹介します。

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個集めました」
というジュエリーではないのです。
異なる天体に対応する石を、一つの小さな装身具の中に集めている。
メトロポリタン美術館は、九つの宝石を一つの装身具に置くことで、身につける人は「完全な宇宙的調和」をその身体の上に保持すると説明しています。
これを読んだとき、私は第2話のティエトとは、また違う意味で驚きました。
宇宙は、大きすぎる
太陽がある。
月がある。
惑星が動いている。
人間にはどうすることもできない、大きな世界があります。
けれど、その巨大な宇宙と宝石を対応させていくと、不思議なことが起こります。
太陽はルビーになる。
月は真珠になる。
そして、それらを組み合わせれば、巨大な宇宙の構造を、人間の身体に載せられるほど小さくすることができる。
もちろん、本当に宇宙そのものを縮小したわけではありません。
でも象徴というものには、こういう働きがあるのかもしれません。
目には見えないもの。
大きすぎて手に取れないもの。
人間には制御できないもの。
それを、手に取れる物質に置き換える。
そして身体に置く。
宝石は、そのために非常に適した物質だったのではないでしょうか。
そして宝石という小さな物質には、人間を超えた大きな世界を、人間の手の中に引き寄せる役割を与えられたのではないでしょうか。
実際に「身につけて」いた
これは文献の中だけの話ではありません。
メトロポリタン美術館(以下Met)には、19世紀の北インドで作られたナヴァラトナのブレスレットが所蔵されています。

ナヴァラトナ(九宝)ブレスレット
北インド、19世紀。金、エナメル、各種宝石を用いた装身具。
所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)/Public Domain
金とエナメルで作られ、複数の宝石が配置された、実際に身体につけるための装身具です。
Metによれば、インドを中心とする南アジアでは宝石と占星術的な対応には長い歴史があり、ナヴァラトナでは特定の宝石が九つの「惑星」に対応しています。なお、この所蔵品は伝統的な九石構成の変形で、実際には十石が使われています。
ここが、私にとっては重要です。
宇宙について考えるだけではない。
宇宙を描くだけでもない。
それを、身につけるという意図で作られている。
第2話のティエトでは、石に託された「守り」が身体の上に置かれていました。
ナヴァラトナでは、そのスケールがさらに大きくなる。
身体の上に、宇宙の秩序を置く。
人間はそこまでのものを、宝石に託していたのです。
なぜ、それが宝石だったのだろう
ここまで調べてくると、私にはまた別の疑問が生まれます。
なぜ人間は、宇宙を身体の上に置こうとしたのでしょう。
そしてもう一つ。
なぜ、そのために宝石を使ったのでしょう。
紙でもいい。
木でもいい。
金属だけでもいい。
それでも、さまざまな文化の中で、人間は石の色や光、硬さ、希少性に何かを見つけ、そこに人間を超えたものを重ねてきました。
第1話では、遠い世界から石がやってきました。
第2話では、その石が身体の上に置かれました。
そして第3話では、その小さな石の上に、宇宙までが載ってしまった。
宝石という物質は、どうやら私が思っていた以上に、「人間より大きなもの」と「人間の身体」の間に置かれてきたものなのかもしれません。
では次に、人間は宝石に「宇宙」ではなく、人間自身の理想を映すこともあったのでしょうか。
次は、中国の玉を見てみたいと思います。