石の中に、人間の「徳」を見た
前回、インドのナヴァラトナを調べました。
九つの宝石を九つの天体的存在に対応させ、それを一つの装身具にして身体の上に置く。
人間は、小さな宝石の中に宇宙の秩序まで表そうとしていました。
では、次は何だろう。
そう考えて調べていくと、中国の「玉(ぎょく)」に行き着きました。

龍形の玉佩(ぎょくはい)
中国・東周時代、紀元前5世紀。ネフライト製。
所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)/Public Domain
ところが、玉について調べ始めると、これまでとは少し違うことが見えてきました。
神でもない。
宇宙でもない。
石を見ながら、人間そのものを語っている。
今回の私のヒットポイントはここでした。
そもそも「玉」とは何なのか
まず、ここでいう中国の「玉」は、私たちが今「翡翠」と聞いて思い浮かべる鮮やかな緑色のジェダイトと、必ずしも同じものではありません。
古代中国、とくに新石器時代から青銅器時代、初期帝政期に使われた玉の多くは、鉱物学的にはネフライト(軟玉)です。

鮮やかな緑色で知られるジェダイト(硬玉)が中国で広く使われるようになるのは、ずっと後の時代です。(National Museum of Asian Art)
そして、このネフライトが面白い。
非常に強靭で、簡単には加工できません。
金属の刃物で彫刻するというより、石英などの研磨材を使い、削り、磨き、少しずつ形を作っていく。
一つの玉器を作るために、人間は相当な時間と労力をかけていました。(National Museum of Asian Art)
それでも人は、玉を加工した。
なぜでしょう。
中国人は、ものすごく古くから玉を特別扱いしていた
中国で玉が特別な物質として扱われた歴史は、とても古いものです。
たとえば新石器時代の良渚文化では、紀元前3000年紀にはすでに、ネフライトを使った「璧(へき)」と呼ばれる円盤状の玉器や、「琮(そう)」と呼ばれる独特な形の玉器が作られていました。
璧は墓にも納められ、身分や儀礼に関係する特別な物だったと考えられています。琮については、何を意味していたのか、正確なところは現在も分かっていません。(The Metropolitan Museum of Art)

玉璧(ぎょくへき)
中国・良渚文化、新石器時代、紀元前3千年紀中頃。ネフライト製。
所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)/Public Domain

玉琮(ぎょくそう)
中国・良渚文化、新石器時代、紀元前2400年頃。ネフライト製。
所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)/Public Domain
つまり、最初から「玉=徳」という思想があったわけではない。
まず、人間がこの物質を特別なものとして扱ってきた、非常に長い時間がある。
そして後の時代になると、玉の物質としての性質そのものが、人間のあり方と結びつけて語られるようになります。
ここからが、さらに面白いところです。
玉には「五つの徳」がある
後漢時代、2世紀初頭に成立した許慎の『説文解字』には、玉について「五徳」が記されています。
玉の性質を観察し、それを人間の徳になぞらえているのです。
たとえば、
光沢があり、温かみがあること――仁。
内側と外側が通じて見えること――義。
叩くと澄んだ音が遠くまで響くこと――智。
簡単には曲がらず、折れること――勇。
そして、鋭くすることはできても人を傷つけるものではないことを、節度や自制の徳になぞらえています。(大英博物館)
私はこれを読んで、ちょっと驚きました。
人間が勝手に「玉は立派な石だから、立派な人の象徴にしよう」と決めただけではない。
少なくとも、この説明では、
まず石を見ている。
光沢を見る。
質感を見る。
透け方を見る。
音を聞く。
壊れ方まで見る。
そして、
「この石のあり方は、人間のこの徳に似ている」
と考えている。
石の性質から、人間の生き方を読み取っているのです。
宝石の意味は、どこから生まれるのか
これは、私が宝石についてずっと考えてきたことにもつながります。
なぜ赤い石には、生命や力にまつわる意味が生まれやすいのか。
なぜ透明な石に、純粋さや清浄さを見るのか。
なぜ壊れにくい石に、永続性や強さを重ねるのか。
宝石にまつわる意味は、すべて人間が何の理由もなく後から作ったものなのでしょうか。
玉を見ていると、どうもそれだけではなさそうです。
実際、メトロポリタン美術館も、中国における玉について、その自然な美しさだけでなく、物理的性質と人間の価値観との結びつきが非常に重要だったと説明しています。
穏やかな色、柔らかな光沢、耐久性といった性質が、仁や謙虚さ、誠実さなどと関連づけられてきました。(The Metropolitan Museum of Art)
つまり、
石には、先に物質としての性質がある。
人間はそれを見る。
触る。
加工する。
音を聞く。
そして、その性質の中に、自分たちが大切にするものを見つけていく。
そうやって宝石の「意味」は生まれてきたのかもしれません。
そして、それを身につける
ここで、この連載の最初の問いに戻ります。
人はなぜ宝石を身につけるのでしょう。
中国では玉は儀礼用の器物だけではなく、装身具としても使われました。古代中国の墓では、玉の装身具が身体とともに納められています。
だとすると、玉を身につけるということは、単に美しい石を飾るだけだったのでしょうか。
自分たちが「仁」や「義」や「智」や「勇」と重ねて見てきた物質を、自らの身体に身につける。
ここには、これまで見てきたティエトやナヴァラトナとは、少し違う関係が見えてきます。
エジプトのティエトでは、守りと石と身体が結びついていました。
インドのナヴァラトナでは、人間を超えた宇宙の秩序が、九つの宝石によって身体の上に置かれました。
そして中国の玉では、
「人間はどうあるべきか」という理想が、石の性質と重なっていく。
石に、人間の理想を見る。
そして、その石を身につける。
これは、なかなか不思議な行為です。
石が意味を持つ前に、人間は石を見ていた
ここまで四つの文化を追いかけてきて、私は少しずつ気になってきたことがあります。
私たちは今、宝石について、
「ルビーにはこういう意味があります」
「翡翠にはこういう意味があります」
と、出来上がった「意味」だけを受け取ることが多い。
でも、その意味が生まれるずっと前に、
人間は石を見ていたはずです。
この色は何だろう。
なぜこんなに光るのだろう。
なぜこんなに壊れないのだろう。
なぜ叩くと、こんな音がするのだろう。
そして、その物質を見つめるうちに、人間はそこに、自分たちの世界を重ねていった。
神。
守り。
宇宙。
そして、人間自身の理想。
だとすれば、宝石に意味があるというより、
石という物質と人間が出会ったところから、意味が生まれた。
そう考えた方が、私にはずっと自然に思えます。
そしてこれは、「人はなぜ宝石を身につけるのか」という問いに対する、一つの答えなのかもしれません。
人間は、自分が大切にしたいものを石の中に見つけ、その石を身体の近くに置いてきた。
でも、まだ気になることがあります。
それなら人間は、自分一人のためだけに宝石を身につけてきたのでしょうか。
次に見てみたいのは、一人の身体に、複数の人間の名前を背負わせた宝石です。
お楽しみに。