12の名前を胸に負った、大祭司アロンの宝石
前回の玉で「身につける理由」が拡大していったなと感じたのですが、今日はこんなお話をご紹介します。
宝石を身につける理由は、自分を飾るためだけではありません。
歴史をたどっていくと、人間が「自分以外の何か」を背負うために、宝石を身につけた例があります。
その一つが、大祭司アロンの胸当てです。
今回の舞台は、旧約聖書『出エジプト記』の世界。
現在のエジプトからシナイ半島、そして地中海東岸へとつながる地域を背景に、古代イスラエルの人々の物語が語られます。
彼の胸には、12個の石がありました。
そしてその一つ一つには、彼自身ではない人々の名前が刻まれていたのです。
・・・ただ、その石の話をする前に。
そもそもアロンとは誰なのか。
なぜ彼は宝石を身につけることになったのか。
私はカトリックの学校に行っていたにもかかわらず、旧約聖書の人物関係や宗教的背景にとても疎く・・・。
なので今回は、そこから少し丁寧に始めることにします。
そもそも『出エジプト記』とは何なのか
『出エジプト記』は旧約聖書を構成する書物の一つです。
名前の通り、その中心にあるのは「エジプトから出る」物語。
聖書の物語では、イスラエルの人々はエジプトで過酷な労役を課されるようになります。
その人々をエジプトから導き出す人物として登場するのが、モーセです。
「モーセ」と聞いてピンと来なくても、海が二つに割れ、その間を人々が渡っていく場面なら、映画や絵などで見たことがある人もいるかもしれません。
あのモーセです。
モーセに率いられた人々はエジプトを脱出します。
でも、『出エジプト記』はそこで終わりません。
その後に語られるのは、「エジプトを出た人々が、これからどのように神とともに生きるのか」ということ。
シナイ山での契約、十戒、神を礼拝するための幕屋、そして祭司についての決まりが語られていきます。
その流れの中に、今回取り上げる『出エジプト記』28章があります。
ただし、ここで一つ大切なことがあります。
『出エジプト記』を、そのまま現代の意味での「歴史書」として読むことはできません。
出エジプトの出来事がいつ、どのように起こったのか、その歴史性については現在も研究と議論があります。また、物語が設定されている時代と、私たちが現在読む『出エジプト記』が長い伝承・編集過程を経て形づくられた時代も同じではありません。
ですからこの記事でも、
「紀元前○年、アロンという人物が実際にこの12個の宝石を身につけていた」
と歴史的事実として断定することはできません。
今回お伝えしたいのは別のことです。
古代イスラエルの宗教的伝統のなかで、人間と宝石の関係がどのように語られたのか。
です。
モーセには、アロンという兄がいた
モーセには兄がいました。
それが今回の主人公、アロンです。
『出エジプト記』では、アロンはモーセとともにファラオの前に立ち、のちには祭司として神に仕える中心的な役割を与えられます。
ここでいう「祭司」は、現代の私たちが「宗教家」と聞いて想像するものとは少し違います。
古代イスラエルの宗教世界では、祭司は祭儀を執り行い、供物を扱い、聖なる空間に仕える役割を担います。
つまりアロンは、単に個人として神を信じていた人ではありません。
共同体を代表して、神の前に立つ人間として描かれている。
そして、そのアロンが神の前に立つための祭服の一部として、宝石が登場します。
一人の男の胸に、12個の石
そして、ここからが私が非常に面白いと思ったところです。
アロンの祭服には、ヘブライ語で「ホシェン」と呼ばれる、一般に「裁きの胸当て」「裁きの胸飾り」などと訳されるものがありました。
『出エジプト記』28章では、その胸当てについてかなり具体的な指示が記されています。
金、青、紫、緋色の糸、撚った亜麻糸を使い、正方形に作る。
そしてそこに、
3個の石を、4列に。
合計12個の石を据える。

アロンとその息子たちの祭司任命を描いた版画。右側に胸当て(ホシェン)を持つ人物が描かれている。ヤン・ルイケン(Jan Luyken)、1700年。Rijksmuseum所蔵。Public Domain.
その石は、ただ12個の美しい石を並べたものではなかったんです。
それぞれの石に、名前を刻むのです。
イスラエルの十二部族の名前を、一つずつ。
『出エジプト記』28章21節には、12個の石が十二部族に対応し、それぞれに印章を彫るように名を刻むことが記されています。

イスラエルの大祭司の胸当て(ホシェン)を描いた19世紀の図版。12の区画には十二部族を表す文字が描かれている。1877年刊行。Public Domain.
「十二部族」って、誰のこと?
ここも、聖書に馴染みがなければ分かりにくいところでした。
旧約聖書の系譜では、アブラハム、その子イサク、さらにヤコブへと物語が続きます。
ヤコブは「イスラエル」という名を与えられ、その息子たちを起源として語られるのが、イスラエルの十二部族です。
つまり、この12個の石は単なる装飾ではありません。
十二部族という、人間の集団を表しているのです。
しかも抽象的な記号ではなく、石には「名前」が刻まれる。
宝石が、人間の名前を背負うのです。
なぜ、胸だったのだろう
さらに私が引っかかったのが、その場所です。
12個の石は、袋に入れて持ち歩いたわけではありません。
祭司アロンの胸に置かれました。
しかも、これは私たちが後世の象徴論を使って勝手に「胸=心」と解釈しているわけではありません。
『出エジプト記』28章29節そのものに、アロンが聖所に入るとき、イスラエルの子らの名を「心の上に」負うという表現があります。
一人の人間が神の前に立つ。
その胸には12個の石がある。
石には、それぞれ人間の名前が刻まれている。
つまりアロンは、神の前に自分一人の名前だけを持って立っているのではない。
十二部族の名を、その身体に負って立つのです。
宝石は「私のため」だけのものではなかった
私たちは今、ジュエリーをかなり個人的なものとして考えています。
私に似合う石。
私を美しく見せる石。
私が好きな石。
私のお守り。
もちろん、それも宝石と人間との大切な関係です。
でも、アロンの胸当てを見ると、まったく違う使われ方が見えてきます。
自分ではない誰かを、石として身体に負う。
宝石は、身につけた本人だけを表すものではなかった。
少なくとも『出エジプト記』が描いた祭司の身体では、石は共同体を代表するものになっています。
ところで、この12個は何の宝石だったのか
当然ここが気になりますよね。
「で、何の石だったの?」
ところが。
これが、簡単ではないのです。
現代の聖書翻訳を見ると、カーネリアン、エメラルド、サファイア、アメシスト、アゲート、ベリル、ラピスラズリ、ジャスパーなど、私たちにも馴染みのある名前が並ぶものがあります。
とはいえ・・
古代ヘブライ語の石の名称を、現代鉱物学で分類された宝石名と一対一で対応させられるとは限りません。
実際、古くから石名の同定には異説があり、翻訳によって石の名称も変わります。12石の正確な同定や、それぞれがどの部族に対応したのかについても確定していません。
これは宝石の歴史を調べていると、何度もぶつかる問題です。
昔の人が呼んだ石の名前と、現代の宝石学が定義する石の名前は同じではない。
だから「聖書には○○という宝石が出てくる」と書いてあったとしても、それだけで現代の○○と同じ鉱物だったとは限らないのです。
ここは、宝石商として非常に慎重に扱いたいところです。
でも逆に言えば――
今回重要なのは、12個の石が現代でいう何の鉱物だったのか、だけではありません。
もっと確かなことが本文に書いてあります。
石は12個だった。
そこには名前が刻まれた。
そして、それを一人の人間が胸に負って神の前に立った。
私は、本文に明確に記されているこの点に強く惹かれます。
宝石は、「私」を飾るためだけに身につけられてきたわけではありません。
『出エジプト記』には、石に人々の名前を刻み、その名を胸に負って神の前に立つ人間が描かれていました。
人は、自分以外の何かを背負うためにも、宝石を身につけることがあった。
宝石と人間の関係をたどっていると、「身につける」という行為そのものが、だんだん違って見えてきます。
「人はなぜ宝石を身につけるのか」
まだまだ、答えは一つではなさそうです。