前回、「王はなぜ宝石を身につけたのか」というお話を書きました。
王冠に宝石を並べ、金や真珠をまとい、誰が見ても「この人が王である」とわかる姿をつくる。
宝石は美しいだけではなく、権力を目に見えるものにする道具でもありました。
では、その王のすぐそばにいた人たちはどうだったのでしょう。
王ではない。
けれど、普通の人でもない。
貴族や高官たちです。
この辺りを調べていて、私はビザンティン帝国のある金の帯に目が止まりました。

皇帝の顔が並んだ、67センチの金の帯
1902年、地中海東部のキプロス島、カラヴァスで大量の銀器や金製品を含む宝物が発見されました。
その中に、なんとも奇妙なものがあります。
金貨と金のメダリオンを連ねて作った、全長約67.5センチ、重さ約348グラムの金の帯です。
現在、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵しています。The Metropolitan Museum of Art
ただ金をたくさん使った豪華な帯、というだけではありません。
帯には13枚の金貨とともに、皇帝マウリキウス・ティベリウスの姿を表した4枚の大型メダリオンが組み込まれていました。

そして、この4枚が面白い。
マウリキウスが執政官となった583年、高官や貴族への贈答品として鋳造されたものだった可能性が高いと考えられています。
メダリオンの表には皇帝の胸像、裏には戦車に乗った皇帝が表現されています。メトロポリタン美術館リソース
つまり、これを身につけた人の身体には、
皇帝の顔が並んでいたのです。
なぜ皇帝の顔を身につけるのか
現代の感覚だと、少し不思議です。
好きな芸能人の写真を身につけるのとは、もちろん違うでしょう。むしろ弁護士さんがつけるバッジなんかと役割が似ているのかなと思います。
それを身につけていることで、その人が「何者なのか」が周囲にも伝わる。
ビザンティン帝国では、衣服や装身具そのものが社会的地位を表す重要なシステムになっていました。装飾が豪華になるほど、その人の社会的地位も高いという対応関係があったことが指摘されています。
さらに、エメラルド、サファイア、真珠など一部の贅沢品は国家によってその使用や流通が統制されていました。
つまり、
「何を身につけているか」を見れば、その人が社会のどこにいるのかがわかる。
そんな世界だったのです。
実際、6世紀のユスティニアヌス帝の法典には、真珠・エメラルド・「ヒヤシンス」と呼ばれた石などを皇帝の威光と装飾に結びつける規定があり、金や宝石を使った一部の皇帝用装飾品の製作にも制限が設けられていました。
※出典:Dumbarton Oaks, “Gold and Pearl Crescent Earring.” ユスティニアヌス法典(Corpus Juris Civilis 11.11.1)に関する解説を参照→Dumbarton Oaks — Gold and Pearl Crescent Earring
もっとも、この規定を「一般人は宝石を一切身につけられなかった」と読むのは正確ではなく、女性の通常の装身具や男女の指輪などには例外がありました。
だからこそ、皇帝から授けられたメダリオンを身体につける意味は大きかったのです。
それは単なる「高価な金」ではなく、
私は皇帝からこれを与えられる位置にいる。
そういう社会的な関係まで、装飾物で見せることができたわけです。
Metも、この金の帯について、官職を示す標章として身につけられた可能性があり、その所有者はコンスタンティノープルの宮廷と密接な関係にあった人物だった可能性を指摘しています。
宝石は「王との距離」まで見せた
前回の記事では、王が宝石を身につける理由を追いかけていました。
でも、宝石と権力の関係は、王だけで完結していなかったということがわかりました。
王が宝石によって、
「私は権力を持っている」と示す。
その周囲にいる人々は、
「私は、その権力の近くにいる」と示す。
実際、7世紀初頭頃のものと考えられる別の金製腕輪にも、皇帝マウリキウス・ティベリウスやフォカスらの金貨が組み込まれています。
ダンバートン・オークスは、その着用者はほぼ確実に男性で、高価な素材によって高い社会的地位を示すとともに、金貨に描かれた皇帝たちの宮廷との何らかの関係をほのめかしていた可能性があると解説しています。

フォカス帝とマウリキウス・ティベリウス帝の金貨を組み込んだ腕輪
初期ビザンティン、7世紀前半、金製
Dumbarton Oaks, Byzantine Collection, BZ.1938.64
Photo: © Dumbarton Oaks, Washington, DC. Photography by Neil Greentree.
ここまで来ると、宝石や金の装身具は単なる財産でも装飾でもありません。
人と人との関係まで、身体の上に可視化している。
王から何を与えられたのか。
どのようなものを身につけることを許されているのか。
どれほど豪華な装飾をまとっているのか。
それらが、その人の「社会の中での位置」を語っていたのでしょう。
では、宝石は誰のものだったのか
このあと宝石や衣服をめぐっては、身分によって「何を身につけてよいか」が問題になる時代がやってきます。
ここまで、王、そして王の周囲にいた人々が身につけた宝石を見てきました。
でも、まだまだ私たちが今考えるような、
「好きだから、この宝石を身につける」
という世界ではありませんでした。
次はそこを見てみたいと思います。
「着けていい宝石まで、決められていた。」というお話です。